たまには家族で出かけよう!
なんて、いつもはひとりで出かけてぶらり歩きをするものだから、嫁にたしなめられて、みんなで出かける事に ・・・
いいですよ、みんなで行きましょう ・・・ で、何処へ行く?
「コルトレイクにあるリネン博物館へ行きたい!」
と言うのだ ・・・ と云うのは、最近、昔のビデオテープを引っ張り出してPCへのお引越し作業をしている彼女が、16年位前に(今は亡き)母親と一緒に行ったリネン博物館での様子が蘇ったから、もう一度行ってみたい、と思ったのだそうだ。
(ビデオを見せてもらったが、昔のリネン製造工程を母親が、丁寧に説明している声が聞けた)
ところで、「リネン」て知ってますか?
僕は日本にいる間は知らなくて、ベルギーに来てから理念じゃない「リネン」という言葉を知ったくらいだから、僕と同じような人もいるかと思うので、軽く解説すると。
布地でいえば、コットン=綿 ・・・ リネン=麻
という事です ・・・ 簡単すぎるか?
なぜにコルトレイクにリネン博物館があるかというと、説明するのは簡単ではない。
中世の頃、フランドル地方(ベルギーという国はない時代)では、川に沿った平地で亜麻の栽培が盛んで、高品質のリネン生地を産出していて、ヨーロッパ中に販路を広げ、大いに富を蓄えて、豊かな時代があった。
その中でも、コルトレイク産のリネン生地は最高品質で知れ渡っていたという事らしい。
(リネン生地の布巾は毛羽立ちが少ないので、台所ではガラス食器を拭く時に使うのが常識である)
そのフランドルの富を、フランスが取る(奪う)か、イギリスが取るかで幾度となく戦争にも巻き込まれた歴史もある。
今でも、コルトレイクが一番栄えたのは15世紀の頃だったと云われるくらいである。
そんなコルトレイクの町を 「みんなで街歩き~ぶらり~」
リネン博物館の事は、時を改めて書くとして省略します。
コルトレイクの中心地で車を駐車しようとしたが、どこも空いてなくて、駅前の駐車場まで来てしまった。
まあ、コルトレイクは駅から中心部まで徒歩10分程度だからいいのだけど ・・・ 僕はこれまで、何度か電車利用でこの町を訪ねているので、街歩きを始めるにはうってつけの場所でもあった。
市立劇場(Kortrijkse Schouwburg)広場 ・・・ この劇場は西フランダース州で最大の劇場である。
なんて、いつもはひとりで出かけてぶらり歩きをするものだから、嫁にたしなめられて、みんなで出かける事に ・・・
いいですよ、みんなで行きましょう ・・・ で、何処へ行く?
「コルトレイクにあるリネン博物館へ行きたい!」
と言うのだ ・・・ と云うのは、最近、昔のビデオテープを引っ張り出してPCへのお引越し作業をしている彼女が、16年位前に(今は亡き)母親と一緒に行ったリネン博物館での様子が蘇ったから、もう一度行ってみたい、と思ったのだそうだ。
(ビデオを見せてもらったが、昔のリネン製造工程を母親が、丁寧に説明している声が聞けた)
ところで、「リネン」て知ってますか?
僕は日本にいる間は知らなくて、ベルギーに来てから理念じゃない「リネン」という言葉を知ったくらいだから、僕と同じような人もいるかと思うので、軽く解説すると。
布地でいえば、コットン=綿 ・・・ リネン=麻
という事です ・・・ 簡単すぎるか?
なぜにコルトレイクにリネン博物館があるかというと、説明するのは簡単ではない。
中世の頃、フランドル地方(ベルギーという国はない時代)では、川に沿った平地で亜麻の栽培が盛んで、高品質のリネン生地を産出していて、ヨーロッパ中に販路を広げ、大いに富を蓄えて、豊かな時代があった。
その中でも、コルトレイク産のリネン生地は最高品質で知れ渡っていたという事らしい。
(リネン生地の布巾は毛羽立ちが少ないので、台所ではガラス食器を拭く時に使うのが常識である)
そのフランドルの富を、フランスが取る(奪う)か、イギリスが取るかで幾度となく戦争にも巻き込まれた歴史もある。
今でも、コルトレイクが一番栄えたのは15世紀の頃だったと云われるくらいである。
そんなコルトレイクの町を 「みんなで街歩き~ぶらり~」
リネン博物館の事は、時を改めて書くとして省略します。
コルトレイクの中心地で車を駐車しようとしたが、どこも空いてなくて、駅前の駐車場まで来てしまった。
まあ、コルトレイクは駅から中心部まで徒歩10分程度だからいいのだけど ・・・ 僕はこれまで、何度か電車利用でこの町を訪ねているので、街歩きを始めるにはうってつけの場所でもあった。
市立劇場(Kortrijkse Schouwburg)広場 ・・・ この劇場は西フランダース州で最大の劇場である。
劇場広場にある変わった形の噴水。
町の中心地(フロートマルクト)に建つ14世紀建築の鐘楼。
広場から聖マールテンス教会(Sint-Maartenskerk)の鐘楼が見える。
教会の鐘楼の前まで歩いていくと、入り口には「パイプオルガンによるバッハコンサート」と、表示されていて、Katrienがちょっと覗いてみると、「演奏中で、観客はこの入口に向かて座っているので、中に入りづらいよ」 と言う ・・・ そうだねぇ、パイプオルガンは普通、どの教会でも正面入口の上部にあるからねぇ ・・・ まぁ、Momoちゃんも連れているから、どうせ入れないんだけど。
と、断念!
Paul Goethals
聖マールテンス教会を横から見る。
教会の横の広場から、小さく開かれた通路を通り抜けていくMomoちゃん ・・・
細い通路が続く ・・・
通路から出てきたのは「ベギン会修道院(Begijnhof)」
修道女マルセラ(zuster Marcella)
1920年まれの彼女はこの修道院最後の修道女であり、世界でもベギン会院最後の修道女であると云われている。
2013年4月、彼女はコルトレイクの老人ホームで息を引き取った。
自由に歩くMomoちゃん。
リール市の修道院よりも厳密に修道院らしい作りだ。
修道院から見たマールテンス教会
もうひとつの教会も見える ・・・ 聖母教会。
修道女の暮らしぶりが見える、ガラス張りのモデルが公開されている。
質素な食事をしている所 ・・・ 奥の方にはピアノもおかれていた ・・・ そういえば最後の修道女マルセラはピアノが上手だったと、記事にかかれていた。
部屋の中に井戸もある!
ミシン!
修道院を出て聖母教会へ向かう。
若い男女の像(de jeugd)があり聖母教会に向かっている ・・・ Momoちゃんも(笑)。
青年が後手に持っているのは、金色の拍車(騎士が馬に乗る時に靴の踵に付けて、馬を蹴る)
歴史に名高い「金拍車の戦い」がある。
1302年7月11日、フランスがフランダース地方(フランドル)の富を得るために併合しようと仕掛けた戦争だったが、フランダースは各都市の職人組合が迎え撃ち、重装備の正規軍を市民軍が打ち破った戦いとして後世に語り継がれている。
そして、この戦いの勝利でフランダースの独立は守られたとして、現在でもフランダースは7月11日を祝日としている。
その戦いはコルトレイクの地で行われ、フランス軍が敗走した後には多くの金拍車が残されたことからその名が付いた ・・・ その残された拍車は聖母教会の天井に吊るされていたが、今では1対だけが残されているという。
青年の足元にカエルが ・・・ 何を意味しているのか?
聖母教会の前を通り過ぎて進むと、レイエ川にたどり着き、橋の両側に立派な塔が2つ並んで建っているのが見える。
中世の要塞の一部が残ったものらしい。
歩道上に埋め込まれた「金拍車はあちらですよ」の道標。
河畔の木々は紅葉している。
街の中心、フロートマルクトに戻ってきた(市庁舎)。
「ちょっと休もうか」 と、広場に面するカフェに入る事にする。
5種類くらいあった樽生の中から Tongerlo Blond を飲む。
広場に建つ鐘楼は、高さはそれほどでもないが「ベルギーとフランスの鐘楼群」として、世界遺産登録されている。
(あ、先ほど紹介したベギン会修道院も世界遺産です)
鐘楼と併設で世界大戦の戦没者慰霊碑がある。
「さ、冷えてきたし、帰ろうか~」
商店街の店先にはハロウィン飾りが多く飾られていた ・・・ Momoちゃんは軽く見るだけで、特に興味を示さなかった。
おもしろいベルギーブログはこちら→
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