19.3.17

なるほど! ザ・おきなわ という話

「なるほど! ザ・おきなわ」

お察しの通り、TV番組「なるほど! ザ・ワールド」をパクって、知られざる沖縄を紹介する番組です ・・・ いや、番組じゃない ・・・ リラックスしたクラスでの講話です。

Facebook では「秘密のグループ」としているが、ここでは隠す必要もあるまい。
アントワープで活動するグループ 「日本語を話そう会」の中で、今回は僕が講話を受け持つことになったので、「沖縄」をテーマに、分かりやすく、少し奥行きもある内容でプログラムしてみた。

こんな感じでね、会場はいつも使わせてもらっているアントワープで一番古いカフェ「Quinten Matsijs」の3階 VIP ルーム。

プロジェクター画面はないので、ノートPCの液晶画面で我慢してね!

 沖縄と言えば、きれいな海のイメージが強いですね ・・・ 確かにきれいです! この砂浜は沖縄本島、今帰仁村にある「村民の浜」 ・・・ 名前がストレートだねぇ、飾らない(笑)

ま、海の話はさておいて、今回は沖縄の地理と歴史を勉強してみたいと思います。

沖縄県は日本本土と台湾の間にある小さな島々からなっている県ですが、この円で囲まれた地域は16世紀の頃は何と呼ばれていたのでしょうか?

クイズです(笑)

 はい、琉球(Ryukyu)です。

ここには、1429年から1879年までの450年間、「琉球王国」と呼ばれる国が存在していました。
途中の1609年に薩摩藩に侵攻され、琉球王国は薩摩藩の付庸国となりますが、王国としての形は残されます。

1879年、明治政府の廃藩置県により沖縄県となる。(138年前)
ちなみに、ベルギーがオランダからの独立宣言をしたのは1830年ですね。(187年前)

日本国沖縄県になったのはいいのですが、第二次世界大戦末期の1945年、米国相手の沖縄戦が始まり、沖縄本島は米軍艦船に取り囲まれ、艦砲射撃を浴びせられ町や村、山まで破壊されてしまいます。 その後、日本で唯一の地上戦が始まり、日本軍はなすすべもなく敗走し、終戦を迎えます。

沖縄県民、日本軍、米軍、合わせて24万人もの戦死者が出たといわれています(諸説あるので確定できない)。

戦後は1945年から1972年まで、沖縄は米国統治下に入り、琉球政府が設置され、県知事ではなく政府主席がいました。 そして、沖縄住民が日本本土へ渡るためには、パスポートが必要になったのです。

道路は自動車が右側通行の左ハンドル車、通貨は円ではなく米ドル ・・・ 僕も中学2年の時まで米ドルを使っていました。

1972年、沖縄は米国から日本に返還され「祖国復帰」を果たします。

これがまた大変で、通貨はドルから円に変わるのはいいが、当時の交換レートは1ドル360円で、相場より優遇されていると聞いていたのですが、円が流通してくると物価の高さに驚くばかりで、「1ドルあれば那覇の町へ行って、映画を観て食事をして、帰って来られたのに、360円では那覇まで行っても何もできはしない」という嘆き節を良く聞いたのもです。

1978年7月30日、に道路の車両が左側通行に変更される。
これは7月29日22時から30日午前6時まで、車両を通行禁止にして、その8時間の間に道路標識や車線などの表示を一斉に変える作業をしたという、前代未聞の珍事だったようです。

「へ~」 「知らなかった~」 という反応多し。

ところで、沖縄(本島)を小さな島と言いましたが、日本では、本州、北海道、九州、四国に次いで5番目に「大きな」島なんです(笑)

沖縄本島の北端から南端までの長さは106.6㎞ありますが、ベルギーの海岸線は66kmです。

仮に沖縄本島を東京に持ってくると、西表島、与那国島は四国まで達します。

地図上で、仮に緯度をそのままに日本列島をヨーロッパにスライドしたら ・・・ 北海道はフランスの南部、沖縄はアフリカの西サハラという、通常は考えられない地域まで達してしまうのです。

「へ~、日本て、意外に南の方にあるんですね」

「日本を大西洋に浮かべたら住みやすい島になりそうだ」

なんてね、新鮮な発想もできる(笑)

むかし、むかし、沖縄は琉球王国であり、日本ではありませんでしたから琉球語というのがありました。

皆さんも日本語で「しりとり遊び」をしたことがあると思いますが、琉球語ではしりとり遊びが出来ません ・・・ それはなぜ?

答えは「ん」で始まる言葉が多いから。

んかじ(ムカデ) んに(むね) んじ(とげ) んむ(いも) んーす(みそ) んなじ(うなぎ) んーちゃ(つち) んまが(まご) 他多数

名詞以外にも ・・・ んーな(みんな) んかし(むかし) んけー(むかい) んでぃーん(ぬれる) ・・・ 等々

さて、沖縄で生まれた、世界的に有名なスポーツは?

空手です!

僕が沖縄にいた時、近くに空手道場があったのですが、年に何度も外国からの門下生が研修に来ていました。

その中には、ベルギーからの一行もよく来ていて、Katrienも時々通訳としてお手伝いをしたものです。

2009年5月にベルギーのネールペルト(Neerpelt)で、「剛柔流空手ヨーロッパ合宿」が開かれ、沖縄から師範6名がベルギーに来たのですが、その中に僕の知り合い2名が含まれていたので、その合宿に取材として同行させてもらいました。

ベルギーの空手門下生は、とても熱心で、礼儀正しく、空手道の精神までよく伝えられているようです。

その他、沖縄の文化として、琉球舞踊やエイサー、旧盆行事、祖先崇拝の話、僕が帰国後に住む予定の南城市の事などを話させて戴きました。

期待していたかもしれませんが、沖縄観光の話はほとんどしないで、約50分ほどの講話とおしゃべりでした。

観光情報は「たびらい沖縄」が結構充実しているかなと思うので、そちらを紹介しておきます。(個人的に付き合いはありません、英語バージョンがないのが残念です)

僕が住む予定の南城市も、凄くいい所なので「らしいね南城市」を紹介します。(こちらの付き合いもありませんが、英語、中国語、韓国語があるようです)


という事で、〆はこちら

「いらしてくださいね沖縄」

「ありがとうございます」

「またね~」


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