Lier市からベルギー国内日帰り旅行で、前回書いた「ビールの巡礼地へ行く!」のPoperingeと、イーぺル(Ieper)に行って来たので今回はイーぺル。
何の変哲もない田舎の駅の風情のイーぺル駅舎。
街の中を市庁舎のあるフロートマルクトに向かって歩いて行くと、きれいに整った家並みが続く。
イーぺルと言えば、よくこの繊維会館が写真で紹介されている。
イーぺルと言えば3年に一度開催される「猫まつり」が有名で、世界中から猫好きが集まるようなのだ・・・、猫パレードがあり、クライマックスはこの塔の上から投げられる猫ぬいぐるみを参加者(観光客)が競うように獲得する事だとか・・・、僕はまだ参加した事がない。
この繊維会館、正面から見た幅が125mもあり、塔の高さは70m、現在の人口35,000人の町にしては巨大すぎるスケールだ。
このイーぺルは11~13世紀に繊維産業で成長して、一時はゲント、ブルージュと並ぶ大都市だったようだ。
繁栄した町は侵略にも備えなければならず、町は濠と城壁で囲まれている。
イーぺルの町に決定的なダメージを与えたのは1914年に始まった第1次世界大戦で、ドイツ軍に占領され、連合軍に奪い返され、さらにドイツ軍が奪い返したという戦いで、その都度砲撃された町は壊滅状態になった・・・、当時の写真を見ると原爆投下された広島の町のようだ・・・。
1917年7月21日から始まった3度目の戦闘では3カ月の間に50万人の犠牲者が出たという悲惨さだ。
人類史上初の原爆投下された町、広島と人類史上初の毒ガス兵器を使われたイーぺルは「姉妹都市」となっている。
イーぺルの町だけでなく、その周辺、フランスのベルギー国境の町まで壊滅的打撃を与えたという・・・、「ベルギーの隣、フランスへ行く!」にも少し触れていた。
繊維会館の脇に戦没者鎮魂の碑がある。
フロートマルクト周辺の建物。
イーぺルは第1次世界大戦で破壊されつくされたが、現在は大戦以前の建築物を出来るだけ忠実に再現させて建てられたというから、古そうな割には建物自体がすべてきれいに見える。
マルクトにある噴水では夏の陽気の中、子供たちが無邪気に遊んでいた。
繊維会館の裏手にある聖マルテンス大聖堂(St Martin's Cathedral)塔の高さが100mある。
内部
シント・ニクラース(サンタクロース)の像があった。
セール期間中のショーウインドウ
「売り切れ間近ですよ!」と言う事か、服を着てないマネキンもある。
フロートマルクトから白い門が見える。
白亜の門はメーンセ門(Menenpoort)といい、巨大であり、アーチ状の天井になっている。
壁の全面に戦争で命を落とした人の名が刻まれている。
2階部分の壁にもあり、かなりの数である。
54,896人の名があるという。
この門の前で1929年11月11日から、1日も欠かさずラスト・ポストという儀式が行われているという。
毎晩8時に2~4人の消防士が戦没者鎮魂のトランペットを奏でる。
団体の慰霊団が多い時は規模が大きくなることもあるらしい。
城壁、1個1個のレンガの積み重ねで出来ている。
城壁の上の方は遊歩道になっている。
きれいな姿で残っている城壁。
ベルギーの南部の町バンシュにもこのような城壁があった事を思い出した。
レイゼル門(Rijselpoort)、フランス語で「Porte de Lille」
レイゼル門の脇にあったカフェで休憩する。
遊歩道から見える所にあるカフェは天気がいいと、歩き疲れた客でいっぱいだ!
僕が飲んだのはPoperingeのビールNunnebier(修道女ビール)
ブロンドで度数が高かったがおいしかった!
修道女が「ビールを飲んで元気を出してね!」と言っているようだ。
店内にも第1次世界大戦を偲ばせる展示があった。
カウンターの天井にはたくさんの種類のビールビンとホップが飾られていた。
また歩き始めると、戦没者の墓地。
戦争で没した故人の名が刻まれた墓碑に、訪れた遺族からのメッセージをしたためられた紙がラミネートされて置かれていたりする。
墓地の入口には記帳簿もあり「きれいに管理していただいてありがとうございます」と言う感謝の言葉も記入されていた。(もちろん英語で)
このような墓地が市の郊外や、町と町の間にたくさん存在するのがこの地方なのだ。
Ieperの町を歩いていると面白い事に気付いた!
個人住宅の玄関ドアの上に花置き台があるんですねー
普通は窓の枠に花台があるんだけど、おしゃれー・・・、と見るか、それとも悪い奴が来たら、それを落とせるようになっているのかと考えると、なかなか面白い!
城壁の中にある戦闘用の壕
1918年11月11日、ドイツの降伏により第1次世界大戦は終戦を迎えた。
毎年11月11日は終戦記念日で国民の休日となり、一番被害が大きく悲惨な終戦を迎えたイーぺルの町でベルギー国の式典が行われている。
そして、イーぺルを訪れる観光客のほとんどはイギリスなどから来る戦没者の遺族だという。
悲惨な戦争・・・
日本では原爆投下された広島、長崎、空襲にあった東京。
そして、唯一激しい地上戦で壊滅した島「沖縄」
沖縄の南部戦跡「摩文仁の丘」に相通じるイーぺルの町。
※今回、繊維会館の中にある「戦場博物館」に入る時間がなかったが、戦争の悲惨さを伝える展示物やプレゼンテーションが数多くあるらしい・・・それもまた、いつか見てみたいと思うのである。
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